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悲しい姉との別れ・・・

2015年5月27日 義妹との別離  そして1ヶ月しかたっていないのに、今度は宮崎に
住んでいる姉の死の知らせをうけるとは・・・翌日、宮崎空港に急いだ。鹿児島にいる弟に
空港まで迎えにきてもらう。 お互いに、こんなに早く又不幸の知らせで会うようになるなんて
・・・斎場に急ぐ  変わり果てた姉に会う。 1ヶ月前に鹿児島の妹の葬儀が終り、何となく
気になり会いに行ったばかり・・・(千枝ちゃん  もう帰るからね  元気でいてね 又会えるよね)
( えーーっもう帰るの ) 悲しそうな顔をしてた。 これが姉と交わした最後の言葉でした。

千枝ちゃん・・・悲しみで言葉がでない。棺の前で泣いた。 悲しい別れでした。
お通夜の時、姉の娘さんが、古いアルバムですけど・・・と二冊のアルバムをみせてくれた。
こんな写真もあったの・・・それは私と姉が佐賀のおばさんの家に遊びに行ったときの写真
でした。私はその写真は初めて見ました。こんな写真あったんだね。私が20才位の時の
姉と写した写真でした。  それと親戚の結婚式の時の写真。とても懐かしかった。
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斎場の入り口に、故人を偲んで、メッセージカードを・・・置いてありました。名古屋の姉と、私は誰かと言う事なく、ペンをとってた。そして姉に最後の手紙を書きました。
葬儀の時、メッセージカードはライトをおとした式場の部屋で読み上げられました。
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姉の孫の書いたカードもありました。( おばあちゃん いつも美味しい料理有難う。自転車に
のせていろいろな所につれていってくれてありがとう )
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弟の言葉を聞いていたら、涙が止まらなくなった。静かに話しかけるような・・・身にしみる
挨拶でした。7人兄弟の私達は、3人の兄弟をなくし、今4人になった。
兄弟の死は、両親とはちがった悲しみがあります。特に千枝ちゃんには一回り年が離れて
いたので母のように慕つていた。優しくて、編み物が上手でね。余りおしゃべりではないけど、
時々ドキツとするようなジョークを言う。
( ノリ子はね、私が友達と遊んでて、何気なく川を見たら、川に落ちていてね・・・あの時
気がつかないでいたら・・・ここにはいなかったよ ) こんなゾツトするような事を平気で言う。
ありがとう・・・気がついてくれて (@_@;)
7人兄弟が亡くなり、最後に、もし自分だったら・・・淋しいと思う。耐えられないかも・・・
でも、先の事は分かりません。
( 朝には 紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり すでに無常の風きたり・・・ )
人の一生は、夢 幻のごとく 一瞬で終るのですね ・・・ 長く生きてもたかが100年
今を懸命に、時間を大切に、無駄のないように、生きたいものです。残された時間は
そう長くはありません。 元気をだして、明るく生きよう 生きたかった姉の分まで・・・・
                                  合唱
by noripdaiana | 2015-07-04 21:30 | Comments(0)